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【僧侶の悩み】(弘教寺だより 平成29年4月号掲載)

 僧侶として仏教者として最近考え込むことがあります。浄土真宗は聞法の宗教であり、「ただ仏法は聴聞にきはまることなり」と蓮如上人もおっしゃっています。高名な布教使さんには「追っかけ同行」もおみえになるとか…。仏法御聴聞が大切であることにはもちろん異論はありません。
 で、その後なのです。御聴聞して仏法が有り難いと感激し、喜ぶ…そうしたら私はどうすればよいのでしょう。
 そこからは報謝行となるといわれます。決まった行為があるわけではなく、仏法への感謝の営みは個人に委ねられるのです。ここが厳しいところです。自信教人信…自らが信じてその頂いたところ・喜びを他の人にも伝えていくことが大切ですが、それは仏法を伝えることに限られるのでしょうか。御同朋御同行の御教えからすれば、他の人と聞法の喜び・幸せを分かつべきだと思うのですが、それは具体的にはどういう形となるのでしょう。いわゆるボランティア的活動とは違うのでしょうか。自身がすくいに出遇ったよろこびの暮らしをすればそれで良いのでしょうか? 外からは何もしていないように見えても。悩みます…。

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